朝から雨が降っていた。
あまりテンションは上がらないが、かといってただ下がりするわけでもない。雨の日は雨の日独特のテンションがあると思う。静かに燃えるというか、なんというか。
稽古場に向かう途中、咲いているあじさいにひかれていつもと違う道を歩く。
土がアルカリ性か酸性かで色が変わると聞いたが、同じ場所に咲いているのに赤紫も青紫もある。案外適当なのかな、と思いながらなんとなく写真を撮った。
傘はこの前新しく買ったので、雨粒をよくはじく。ジーパンのすそは雨を吸って色が変わっていたが、どうせ稽古場に着けばジャージに着替える。稽古の最中に乾くだろう。
しとしとぴっちゃんしとぴっちゃん。昔の人のセンスには驚くばかりだ。
「おはようございます」
挨拶をして稽古場に入る。回り道をしたが、十分すぎるぐらい早く着いた。中にいたのはノートパソコンとにらみ合う香月(かつき)さんのみ。わあいちょう嬉しい、カズ、運命感じちゃう!なんていっても香月さんは取り合ってくれないのを知っているので、作業の邪魔をしないように静かに着替えた。
けど、誰も来ない。ペットボトルをくわえながら香月さんの向かいに腰を下ろす。ちらりと目をくれた香月さんだったけど、それ以上はなにもない。
つまんないなぁ、せっかく2人っきりなのに、会話なしかよ。でも脚本修正の邪魔はしたくないしなぁ。
仕方なしに香月さんの真剣な顔を見ながらよからぬ妄想をしてみた。が、本人は寒気を感じたり悪寒が走ったりしなかったらしい。つまんない。香月さんの目はパソコンの画面に釘づけだ。少しと言わず、かなりの熱意でその画面になりたい。香月さんの視線を一身に受けられるなんて羨ましすぎる。嫉妬だね。羨望だね。だってオレなんて一瞬だもん。やってらんないわー。
「そういえば今日」
「うん?」
「あじさい咲いてたね」
「ああ、あちこちに」
「あれ、同じ場所でも色違って面白い」
ほんとにねぇ。20何年と生きてたけど、新しい発見を今日したよ。ええ? 香月さんも? すっごい偶然。すっごい運命。感じない? 感じるよね? オレは感じるけどなぁ。ダメ? なし? ありでしょ、運命ありでしょ。
なんて、
「思わず携帯で撮っちゃった」
顔を上げずに、香月さんが少し離れたところに投げ出された携帯を指差す。大きく口を開けたかばんの上で、腹を見せてひっくり返っている真っ白な携帯。
へー、と差し障りない返事をしながら香月さんの携帯へ手を伸ばす。
香月さんにとってはささいなことなのかもしれないけど、恋する男のオレからすればすごく大きな出来事だって、ねぇあなた、わかってるの?
ほんとにもう、悔しいぐらい好き。大好き。
あまりテンションは上がらないが、かといってただ下がりするわけでもない。雨の日は雨の日独特のテンションがあると思う。静かに燃えるというか、なんというか。
稽古場に向かう途中、咲いているあじさいにひかれていつもと違う道を歩く。
土がアルカリ性か酸性かで色が変わると聞いたが、同じ場所に咲いているのに赤紫も青紫もある。案外適当なのかな、と思いながらなんとなく写真を撮った。
傘はこの前新しく買ったので、雨粒をよくはじく。ジーパンのすそは雨を吸って色が変わっていたが、どうせ稽古場に着けばジャージに着替える。稽古の最中に乾くだろう。
しとしとぴっちゃんしとぴっちゃん。昔の人のセンスには驚くばかりだ。
「おはようございます」
挨拶をして稽古場に入る。回り道をしたが、十分すぎるぐらい早く着いた。中にいたのはノートパソコンとにらみ合う香月(かつき)さんのみ。わあいちょう嬉しい、カズ、運命感じちゃう!なんていっても香月さんは取り合ってくれないのを知っているので、作業の邪魔をしないように静かに着替えた。
けど、誰も来ない。ペットボトルをくわえながら香月さんの向かいに腰を下ろす。ちらりと目をくれた香月さんだったけど、それ以上はなにもない。
つまんないなぁ、せっかく2人っきりなのに、会話なしかよ。でも脚本修正の邪魔はしたくないしなぁ。
仕方なしに香月さんの真剣な顔を見ながらよからぬ妄想をしてみた。が、本人は寒気を感じたり悪寒が走ったりしなかったらしい。つまんない。香月さんの目はパソコンの画面に釘づけだ。少しと言わず、かなりの熱意でその画面になりたい。香月さんの視線を一身に受けられるなんて羨ましすぎる。嫉妬だね。羨望だね。だってオレなんて一瞬だもん。やってらんないわー。
「そういえば今日」
「うん?」
「あじさい咲いてたね」
「ああ、あちこちに」
「あれ、同じ場所でも色違って面白い」
ほんとにねぇ。20何年と生きてたけど、新しい発見を今日したよ。ええ? 香月さんも? すっごい偶然。すっごい運命。感じない? 感じるよね? オレは感じるけどなぁ。ダメ? なし? ありでしょ、運命ありでしょ。
なんて、
「思わず携帯で撮っちゃった」
顔を上げずに、香月さんが少し離れたところに投げ出された携帯を指差す。大きく口を開けたかばんの上で、腹を見せてひっくり返っている真っ白な携帯。
へー、と差し障りない返事をしながら香月さんの携帯へ手を伸ばす。
香月さんにとってはささいなことなのかもしれないけど、恋する男のオレからすればすごく大きな出来事だって、ねぇあなた、わかってるの?
ほんとにもう、悔しいぐらい好き。大好き。
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体が前のめりになる。振り返った××が手を伸ばしてきたが間に合わなかった。私は、自分で手をつくこともできずに、無様に地面へ倒れた。
「×××!」
砂が口に入った。じゃりじゃりする。気持ち悪い。吐きたい。のに、せり上がってくるそれを体外に吐き出す力がない。起きなきゃ。死んじゃう。私も、彼も、このままじゃ死んじゃう。それだけはイヤ。私も彼も死にたくない。死なせたくない。だから、起きなきゃいけないのに。
----------------------------------------
しかしなにをしたかったのかが分からない/(^O^)\名前すら決まってないってどういうことだ/(^O^)\
「×××!」
砂が口に入った。じゃりじゃりする。気持ち悪い。吐きたい。のに、せり上がってくるそれを体外に吐き出す力がない。起きなきゃ。死んじゃう。私も、彼も、このままじゃ死んじゃう。それだけはイヤ。私も彼も死にたくない。死なせたくない。だから、起きなきゃいけないのに。
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しかしなにをしたかったのかが分からない/(^O^)\名前すら決まってないってどういうことだ/(^O^)\
(
2009/05/31)
逢えないのは
大丈夫、大丈夫、オレは今、笑えている。
「最近連絡ねぇからよ、死んだと思ったよ」
「はは、ワリ」
「思ってねぇくせによー。今度飲もうぜ、お前の彼女、まだ見てねぇし」
「それ、なんだけどさ」
電話のコードをつかむ手が震えている。
「ん?」と電話越しに首を傾げる気配がする。沈黙。が怖くて口を開いた。息を吸って、飲む。
「別れた」
たった4文字の出来事だというのに、どうしてこんなにも心臓が痛いのだろうか。
落ち着かなくて、背とソファの間にいたクッションをつかむ。ひざと胸の間に挟んで強く抱きしめた。
「そーか」
吐く息とともに耳に届いた声に、泣きたくなる。「けっこう長かったのにな」優しい声に、口が歪む。ダメだ、ここは耐えるところだ。
唇をかむ。向こうから「そっか」と再度かみしめるような声がした。ダメだ。負けるなオレ。勝負の相手は分からないけど、ここで泣いたら負けだ。
「ま、今度飲もうぜ。あとかわいい子紹介してくれよ」
「おっけーおっけー」
ははは、と笑い合い、2、3言葉を交わして電話を切る。
大丈夫、大丈夫。目をつぶる。
クッションから漂う香りにめまいがしたが、悔しいので肺いっぱいに吸い込んでやった。
昨日は今日の過去で、明日は今日の未来だって、誰かがそんな当たり前のことを歌っていたのを思い出す。胸が痛い。心臓が苦しい。その曲、誰のものだっけ。
窓から差し込む光はやわらかく、世界は幸福で満ち溢れているというのにオレは今、そんな気分になれない。
昨日も今日も、太陽は優しかった。
いつだって彼女は、優しかった。
「最近連絡ねぇからよ、死んだと思ったよ」
「はは、ワリ」
「思ってねぇくせによー。今度飲もうぜ、お前の彼女、まだ見てねぇし」
「それ、なんだけどさ」
電話のコードをつかむ手が震えている。
「ん?」と電話越しに首を傾げる気配がする。沈黙。が怖くて口を開いた。息を吸って、飲む。
「別れた」
たった4文字の出来事だというのに、どうしてこんなにも心臓が痛いのだろうか。
落ち着かなくて、背とソファの間にいたクッションをつかむ。ひざと胸の間に挟んで強く抱きしめた。
「そーか」
吐く息とともに耳に届いた声に、泣きたくなる。「けっこう長かったのにな」優しい声に、口が歪む。ダメだ、ここは耐えるところだ。
唇をかむ。向こうから「そっか」と再度かみしめるような声がした。ダメだ。負けるなオレ。勝負の相手は分からないけど、ここで泣いたら負けだ。
「ま、今度飲もうぜ。あとかわいい子紹介してくれよ」
「おっけーおっけー」
ははは、と笑い合い、2、3言葉を交わして電話を切る。
大丈夫、大丈夫。目をつぶる。
クッションから漂う香りにめまいがしたが、悔しいので肺いっぱいに吸い込んでやった。
昨日は今日の過去で、明日は今日の未来だって、誰かがそんな当たり前のことを歌っていたのを思い出す。胸が痛い。心臓が苦しい。その曲、誰のものだっけ。
窓から差し込む光はやわらかく、世界は幸福で満ち溢れているというのにオレは今、そんな気分になれない。
昨日も今日も、太陽は優しかった。
いつだって彼女は、優しかった。
手を伸ばせば届く距離にいるはずだ。ひざは先ほどから何回もぶつかっている。それなのに、距離を感じるのは何でだろう。
葉(よう)は焼き鳥をくわえながらぼんやりと考える。んなの心が遠いからに決まってんじゃん。バカみたい。
バイト仲間4人で飲み会を開いた。男2人は快調なペースでアルコールを摂取し、とてもとても気持ちよさそうに口を大きく開いて笑っている。
それを見る高瀬の目は優しく、いつも以上にキレイだった。
「葉ちゃん飲まないの?」
「飲んでますよ」
「全然減ってない」
「飲むの、遅いんで」
なにもついていない串をかじる。隣りが見れない。目を合わせられない。
ふ、と笑う声がして、葉のグラスがさらわれる。目で追うと、大半の氷が溶けてたカルピスサワーは柳の前に置かれ、変わりに今し方店員が持ってきたカシスオレンジが差し出される。
戸惑うように顔を見れば、高瀬はいたずらっ子のような顔で笑っていた。
「新しいやつの方がおいしいでしょ」
「でも」
「大丈夫大丈夫。柳くん、カルピスサワー好きだよね?」
「うんー。好き好き、ちょーすきー」
うはははと柳は三宮と顔を合わせて笑い合う。グラスをつかんでのどを鳴らしてそれを飲む。葉は、自分がぽかんとしているのに気づいていたが、口が閉じられなかった。
玉子焼きをおいしそうに頬張る柳を見つめていたら、耳に息が吹きかけられた。
「たか」
「柳くん、優しいから」
「……知ってます」
「好きになっちゃいそう?」
「そんなの」
小声のやりとり。テーブルの向かいではなにかを分かり合えたのか、柳と三宮が抱き合って喜んでいる。子どものように笑う柳はかわいい。だけど、あたしが好きなのは。
「葉ちゃん睨まないで。かわいい顔がだいなし」
頬を撫でる細い指に、背筋がぞくぞくした。微笑む顔に、胸が苦しくなる。
こんなの、卑怯だ。返す言葉もなく、葉はカシスオレンジをつかみ、一気にあおる。
酒がなんだ。酔いがなんだ。そんなの、この胸の痛みに比べれば小さいことだ。
高瀬が店員を呼ぶ。なに飲む? 耳打ちをされた気がしたが、答える気にならなかった。葉は高瀬をしっかりと抱きしめ、肩に顔を埋めた。
どうにでもなれってんだ。全部全部お酒のせいにして、明日には忘れてしまえばいい。先のことなんて知るか。だって、さっき、柳さんと三宮さんだって喜びの抱擁を交わしていた。
「ふふ、お酒っていいね」
葉の、パーマのかけられた髪の中に高瀬の指が入る。くしゃくしゃに撫でられても葉は動かなかった。動けなかった。
しっかりと高瀬をつかんだまま、酒だけではない理由で顔を赤くしていた。
高瀬さん、いいにおいする。
鼻孔をくすぐるのは香水の香りだけで、たばこの香りはまったく染みついていなかった。
葉(よう)は焼き鳥をくわえながらぼんやりと考える。んなの心が遠いからに決まってんじゃん。バカみたい。
バイト仲間4人で飲み会を開いた。男2人は快調なペースでアルコールを摂取し、とてもとても気持ちよさそうに口を大きく開いて笑っている。
それを見る高瀬の目は優しく、いつも以上にキレイだった。
「葉ちゃん飲まないの?」
「飲んでますよ」
「全然減ってない」
「飲むの、遅いんで」
なにもついていない串をかじる。隣りが見れない。目を合わせられない。
ふ、と笑う声がして、葉のグラスがさらわれる。目で追うと、大半の氷が溶けてたカルピスサワーは柳の前に置かれ、変わりに今し方店員が持ってきたカシスオレンジが差し出される。
戸惑うように顔を見れば、高瀬はいたずらっ子のような顔で笑っていた。
「新しいやつの方がおいしいでしょ」
「でも」
「大丈夫大丈夫。柳くん、カルピスサワー好きだよね?」
「うんー。好き好き、ちょーすきー」
うはははと柳は三宮と顔を合わせて笑い合う。グラスをつかんでのどを鳴らしてそれを飲む。葉は、自分がぽかんとしているのに気づいていたが、口が閉じられなかった。
玉子焼きをおいしそうに頬張る柳を見つめていたら、耳に息が吹きかけられた。
「たか」
「柳くん、優しいから」
「……知ってます」
「好きになっちゃいそう?」
「そんなの」
小声のやりとり。テーブルの向かいではなにかを分かり合えたのか、柳と三宮が抱き合って喜んでいる。子どものように笑う柳はかわいい。だけど、あたしが好きなのは。
「葉ちゃん睨まないで。かわいい顔がだいなし」
頬を撫でる細い指に、背筋がぞくぞくした。微笑む顔に、胸が苦しくなる。
こんなの、卑怯だ。返す言葉もなく、葉はカシスオレンジをつかみ、一気にあおる。
酒がなんだ。酔いがなんだ。そんなの、この胸の痛みに比べれば小さいことだ。
高瀬が店員を呼ぶ。なに飲む? 耳打ちをされた気がしたが、答える気にならなかった。葉は高瀬をしっかりと抱きしめ、肩に顔を埋めた。
どうにでもなれってんだ。全部全部お酒のせいにして、明日には忘れてしまえばいい。先のことなんて知るか。だって、さっき、柳さんと三宮さんだって喜びの抱擁を交わしていた。
「ふふ、お酒っていいね」
葉の、パーマのかけられた髪の中に高瀬の指が入る。くしゃくしゃに撫でられても葉は動かなかった。動けなかった。
しっかりと高瀬をつかんだまま、酒だけではない理由で顔を赤くしていた。
高瀬さん、いいにおいする。
鼻孔をくすぐるのは香水の香りだけで、たばこの香りはまったく染みついていなかった。
「おつかれー」
ふってわいた声に息を飲む。
私は顔を上げ、ひらひらと手を振る高瀬さんを視界に入れると「なんでいるんですか」自然とかわいくない言葉が口から出た。
しかし高瀬さんはそんなこと気にしない。にやにやと、いつものように意地の悪い、いやらしい笑みを浮かべてテーブルの上の紙を指でさした。
「シフト出しに来ただけだよ」
「なら」
「でも、葉(よう)ちゃんの顔見に来たのが本音」
「は」
「っていったら葉ちゃん喜んでくれる?」
ああ本当に腹が立つ!
いちいち感情を上げたり下げたりするのが面倒だからいつだって低めでいたいと思うのに、高瀬さんと話しているとそれができない。できない理由がわかってるから余計に腹が立って仕方ない。
高瀬さんだってわかってるはずだ。だから余計にたちが悪い。確信犯で、私の心を乱す。
「25日、葉ちゃんヒマ?」
「え?」
「でっかい愛とか希望を探してるんでしょ?」
「え、え?」
手書きのシフト表の下からチケットが2枚出てきた。思わず前のめりになる。高瀬さんはそれを、私の目から隠すようにシフト表を動かす。反射で手を出したらつかまれた。
ちらりと見えた文字が嘘じゃなければ、そのチケットは私の好きなアーティストのライブチケットだ。でも、彼が好きって高瀬さんにいったことはない、はず。
「葉ちゃん、25日、ヒマ?」
「それ、どうやって」
頭の中がいっぱいいっぱいだった私は、バイトの疲れもあってついうっかりその質問を口にしてしまった。
高瀬さんはシフト表の下からチケットを出し、口の端を持ち上げて憎らしいほどキレイに微笑む。
忘れていた。きれいさっぱり忘れていた。
彼女には強力な
「さぁちゃんにお願いしたんだよ」
コネがあることを。
チケットには私の好きなアーティスト名がしっかりばっちり印刷されていて、私は下唇を噛むしかなかった。
断る理由も言葉もメリットも見つからなかったからだ。
ふってわいた声に息を飲む。
私は顔を上げ、ひらひらと手を振る高瀬さんを視界に入れると「なんでいるんですか」自然とかわいくない言葉が口から出た。
しかし高瀬さんはそんなこと気にしない。にやにやと、いつものように意地の悪い、いやらしい笑みを浮かべてテーブルの上の紙を指でさした。
「シフト出しに来ただけだよ」
「なら」
「でも、葉(よう)ちゃんの顔見に来たのが本音」
「は」
「っていったら葉ちゃん喜んでくれる?」
ああ本当に腹が立つ!
いちいち感情を上げたり下げたりするのが面倒だからいつだって低めでいたいと思うのに、高瀬さんと話しているとそれができない。できない理由がわかってるから余計に腹が立って仕方ない。
高瀬さんだってわかってるはずだ。だから余計にたちが悪い。確信犯で、私の心を乱す。
「25日、葉ちゃんヒマ?」
「え?」
「でっかい愛とか希望を探してるんでしょ?」
「え、え?」
手書きのシフト表の下からチケットが2枚出てきた。思わず前のめりになる。高瀬さんはそれを、私の目から隠すようにシフト表を動かす。反射で手を出したらつかまれた。
ちらりと見えた文字が嘘じゃなければ、そのチケットは私の好きなアーティストのライブチケットだ。でも、彼が好きって高瀬さんにいったことはない、はず。
「葉ちゃん、25日、ヒマ?」
「それ、どうやって」
頭の中がいっぱいいっぱいだった私は、バイトの疲れもあってついうっかりその質問を口にしてしまった。
高瀬さんはシフト表の下からチケットを出し、口の端を持ち上げて憎らしいほどキレイに微笑む。
忘れていた。きれいさっぱり忘れていた。
彼女には強力な
「さぁちゃんにお願いしたんだよ」
コネがあることを。
チケットには私の好きなアーティスト名がしっかりばっちり印刷されていて、私は下唇を噛むしかなかった。
断る理由も言葉もメリットも見つからなかったからだ。