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踏みとどまった思いの行き先
2026/06/28  [PR]
 

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 現代  cm:0  tb:

「よし!」

 と手をたたいた彼は、おもむろに立ち上がり、右手をまっすぐ突き上げ、人差し指だけ立て、左手は腰に当てて右足をわずかに前に出し、腰を回して私を振り返った。どっかで見たことがあるポーズだなぁ、と思ったら「オレ、学生プロレスやるよ!」ああ、あの映画に感化されたのね。
 私は彼を見上げ、「学生プロレスは保険がきかないよ」と作中のセリフを引用する。「大丈夫大丈夫、ケガしないもん」右手がピースに変わる。にっ、と歯をむき出しにして笑い、腰を下ろす。ソファが彼の体重を飲み込んだ分沈む。

「うちの大学にそんなサークルあったかなぁ」

 話聞いたことないし、映画が上映されたとき盛り上がってもなかったしなぁ。ないんじゃないの? という言葉は、彼のキラキラとしたやる気と好奇心と妙な自信を含んだ目を見た途端どこかへ逃げてしまった。
 かわいいなぁ、かわいいねぇ、バカな子ほどかわいいっていうのは本当だねぇ。

「マネージャーに惚れないでね」
「惚れない惚れない!そこんとこも大丈夫だから。応援してて」

 拳を握って宣言する、彼の茶色い頭を撫でながら、私は次はなににハマるのかと考えた。野球かな。ドラマが盛り上がっていたやつあったしね。キャッチボールぐらいならつきあってあげよう。
 それにしたって、どうして彼はハマる時期をずらすんだかなぁ。同志がいなくて寂しいだろうに。


●●○
なんでもいいから文章を書きたかった。ただ、それだけで出発したらおバカな子を書きたくなった。もちのろんで彼は彼を妄想してます。
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「あれっ、のんたこす」

 リビングで撮りためていたドラマを観ていたら将和(まさかず)が入ってきた。わざとらしい声を上げて、今の今まであたしの存在なんて知らなかったフリをするつもりなんだ。
 あたしはちらりと将和を見ただけで、すぐに視線をテレビに戻す。

「怒ってる?」
「別に」
「のんが一番だから、安心しなさい」
「そういって将和は彼女を作った」
「あれは違うって」
「どうだかなー。しな作って歩くのがクセの人間なんてやめた方がいいよ」
「のんとは真逆だもんねぇ」

 隣に座って、頭を撫でてくる。将和はずるい。イヤなことばっかりいうのに、イヤじゃないことばっかりする。だからあたしはいつまで経っても将和離れができないんだ。
 ココア飲む? 飲む。じゃあ作る。でも、さっきの女が使ったカップは使いたくない。はいはい。将和も使わないでよ。使わない使わない、父さんに使わせる。それならいいよ。
 面倒で手のかかる妹だと思ってるんだろうな。こんなの妹で、イヤになったときもあるんだろうな。
 だけどあたしたちは、

「のん、ホット牛乳? お湯?」
「ホット牛乳」

 あたしたち以外の血でつながっている人間を知らないから、離れて生きるなんてできないんだ。


●●○
双子、好きなんだよ……。
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 しょうちゃんってさぁ、そこで言葉を切った佐々木がオレの頬をつまむ。それをそのままぐいーっと伸ばし、ふ、と少し笑った。
 人の頬をつねって笑うとは失礼なやつだ、こちとら必死に痛みに耐えてんだぞ、人の痛みの分かる子になってくださいって小学生のとき先生が言ってたんだぞ、あの先生美人でボインだったけど嫁の貰い手がなかったのはなにか問題があったからなんだろうか、小学生のときは気にならなかったけど、今、ものすごく気になってきた。
 とか考えていると佐々木の手がオレの頬から離れた。「つまんないよね」どういう意味だコラ。「からかっても嫌がらないし、いじめたって泣かないし。なんで?」知るか。というか、お前はオレをいじめてたのか、今の頬つねって笑ったのも、肉体的及び精神的ないじめだったのか、だとしたら少しパンチにかけてると思うんだけど。「帰るわ」「あ、そう」
 素直に返事をしたら佐々木がオレを睨む。「しょうちゃんってさぁ」欲しい反応をくれないよね、とかかな。すまないねぇ、佐々木以上にわがままで佐々木以上に自分勝手で佐々木以上にオレにメロメロズキュンな子が身内にいるからさぁ、あんまり佐々木のこと構えないんだ。

「なんでもない」
「気をつけて帰れよ」

 だったら送ってくれればいいじゃん、と佐々木が目で訴えていた。オレはそれに手を振ることで返事をした。


●●○
佐々木は女でも男でもなんでもいいや。

 尻尾が見えた。
 それは比喩でもなんでもない、現実のものとしてそこに存在していた。猫の耳に、細くて長い尻尾。女は目を見開き、口を真一文字にしたまま民家の壁から壁へと移動した。
 クイールは呆けたまま女の尻尾が壁に入って消えるのを見ていた。

「なんなんだ……?」

 人一人通るのがやっとの路地で、最初、壁から手が生えたのだと思った。手首だけだったそれがどんどん伸びて、ひじ、肩が見えたころには足も生え、白いワンピースも出てきた。目をそらせずにいると女の顔が出てきた。ぎょっとしていたら目が合った。
 猫の耳は伏せられ、女はクイールから視線を外さない。
 そのまま女は壁へ入っていったのだ。まるで何事もなかったかのように壁は固い。クイールが叩いても、手は入らなかった。


●●○
とかいう設定もあったなぁ、と思い出した。
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 会話らしい会話もなく、ベッドで二人、ごろごろしているとノックなしでドアが開いた。細くて色気のいの字もない足を惜しみなくむき出しにした未来が入ってくる。

「あ、未来ちゃん」

 祥が片手を上げて挨拶をする。オレの奥から人が見えたことに驚いた未来が反応を遅らせ、それからすぐに状況を理解した。
 わざと足音を立てながらオレらの寝転ぶベッドへ一直線にやってきて、それから近くに落ちていたクッションをつかんで至近距離からためらいも手加減もなしに投げつける。仰向けじゃなくてよかった。

「あたしにはベッドに上がるなっていうくせに!」
「うん、みっちゃんは、ダメ」
「なにそれ訳わかんない!」
「あ、今日の髪型、かわいいね」

 未来の姉が巻き髪にハマってるらしいからその影響かな。今日の未来の髪の毛はくるくると巻かれている。
 不意をつかれた未来は目を見開き言葉を失う。口をぱくぱくさせ、どんどん顔が赤くなる。どうにかやっとしぼりだした言葉は「バカッ!」だった。
 そうして未来はあわただしく部屋を出て行く。
 相変わらず元気だね、未来ちゃん。祥が本を閉じてこの数分間の感想を述べた。ね、と頷いておいた。


●●○
祥は今までに何回か未来に会ってるけど、会話ができたためしがない。
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