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踏みとどまった思いの行き先
2026/07/01  [PR]
 

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「神様ー、猫がまたきてますー」
「へー」
 後ろからの生返事に少年は振り返る。文机にひじを立て、手のひらにあごを乗せ、力の入っていない顔で少年を見ていた女と目が合う。
「そうやってまた着崩して!はしたないと何度言えばわかるんですか!」
「あー、どうでもいいかなー」
「神様!」
 少年を見る瞳に覇気はないし、感情だって見えない。
 立ち上がった少年は女の隣に腰をおろし、慣れた手つきで着物の崩れを直す。いっつもそういう格好をして、どうしてですか、急にお客様が来たら困るのは神様ですよ。唇を尖らす少年の頭を見ながら、女は「あー、まぁねぇ」と気にした様子の見えない声で返事をする。
 襟の合わせをたたき、少年は直し終わった合図をする。
「だいたいですね、神様がそうやってやる気がないから、この神社だってさびれてきたんですよ。近所の人になんて言われてるか知ってますか? 猫神社ですよ、猫神社!少し前の時代には考えられなかった呼び名です。神様、本当はすごい方なのに、そうやってだらだらしてるから、最近では参拝される方もぱったりじゃないですか。いいんですか? このままじゃ神様、」
「君が」
「へ?」
 女が口をはさむ。少年は驚いてしゃべる言葉を止めた。
 顔をあげると、優しい微笑みを浮かべた女がいて、少年はひるむ。顔が熱くなる。いつもは死んだ目をしているくせに、たまにこうやって感情を表すものだから困るのだ。離れられなくなる。それが策だとわかっていても。
「君がいれば、私は満足だから」
 ほら、そういうことを、なんのことでもないように言い放つ。


◆◇◆
そういう神社の神様とその世話をする少年の話とかさ、どうなんだ。
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 こうして、四人は仲良く暮らしましたとさ、めでたしめでたし。
 絵本のページをめくり終わったタケルがそう口にした。ナデシコはマグカップを乗せたお盆を持って、カーペットの上に寝転ぶタケルの横に腰を下ろす。
 黄色のマグカップをタケルに渡しながら「面白かった?」と尋ねる。タケルは眉間にしわを寄せ、少し考えてから「まぁまぁ?」と首を傾げた。

「ナデシコが書いたにしてはファンタジーじゃない?」
「絵本だからねぇ」
「猫と狼と犬と兎って、組み合わせがわかんない。うさ美とうさ子とうさ男とうさ太でいいじゃん」
「かわいくないよ、それ」

 体を起こし、あぐらをかいたタケルが笑う。確かに。でも絵本っぽいつったらそうなるだろ。
 ココアを口にしながらナデシコはうなる。うーん、絵本っぽい、ねぇ。どうかなぁ、猫とか兎とかの方が絵本っぽい気もするけどなぁ。
 考えていたら、ひざの上に重いものが乗ってきた。見なくてもタケルの頭だとわかる。
 左手でマグカップを持ち、右手でタケルの茶色い髪をなでた。
 気をよくしたタケルがナデシコの腹に鼻を押しつける。マグカップをお盆に戻し、いつも、タケルがするように両手で彼の頭をぐしゃぐしゃにかき回した。

「やめろよー」
「やーだ」

 じゃれるようにタケルの細い指がナデシコに向かってくる。頬に触れ、耳をなで、髪をつかむ。そうして素早く身を起こすとナデシコに覆い被さり額にキスをした。
 声を立てて笑い合う甘い日々は、いつまでも続くと思っていた。終わりがある命なのだから、終わりのない毎日なんてありえないと、わかっていたはずだった。
 思い出すだけで胸が苦しくなる人たちがいるというのに。


◆◆◇
とりあえず本編の方を早く移したい(T_T)

「ナデシコ?」

 名前を呼ばれて気がつく。顔を上げるとタケルの顔が目の前にあった。
 茶色の瞳、茶色の髪。幼さを残した顔で、くしゃりと笑う。そして乱暴な手つきで私の頭をなでるのだ。ぐしゃぐしゃと、なんのためらいもなしに。
 タケルの手が離れると、その温もりを頭に残そうと私は髪をなでつける。
 嫌いだった私の黒髪を、タケルはキレイだといってくれた。
 私はもっと薄い色がよかったのに、と頬を膨らましたときは、頭を優しくなでながら「オレはナデシコの黒、好きだけどな。白い肌に黒の髪。すげぇいい。ちょう好き」単純な言葉に思わず笑ってしまった。

「どうした。考えごと?」
「うん。ちょっと、色々思い出して」

 タケルから目をそらす。テーブルの上の汗をかいているガラスのグラスの中の麦茶と氷。
 薄茶色を見ると思い出す。
 曇天を仰ぐと思い出す。
 幼かったころの幸せな日々。
 狭い路地、今にも雨が降り出しそうな空、力なく笑った彼女、彼女を支えていた彼。
 怖かった彼の印象がその日から変わった。彼と彼女の間になにがあったのか知らないが、柔らかくなったと思った。優しくなったと思った。彼の纏う空気が、醸し出すオーラが。
 そしてあの日、晴れた空の下、青い海辺を背景に、白い砂浜の上で目いっぱい彼女は笑ったのだ。
 白い肌に真っ白のワンピースを着て、薄茶色の髪を潮風に遊ばせながら。

「死にたい?」
「え?」

 唐突な言葉に目を丸くする。
 タケルを見ると、いたずらっ子がする顔で笑っていた。その顔が愛しくて、茶色の髪に指を通した。

「一緒に死んでやろうか」

 一度だけ頷く。タケルが声を出して笑う。嬉しそうに、楽しそうに、満足そうに。
 細い彼の指が私の頬に触れるか触れないか、という瞬間に私は目が覚める。
 暗い部屋に一人ぼっちだった。
 体を起こし、窓の外を見る。
 星々の中に三日月がいた。あの無数の星たちの中のどれがタケルかなんてわからないから、彼は月になったのだと思うようにした。そうすれば、いつだってすぐに見つけられる。

「会いたいね、タケル」

 つぶやけば、強い風が吹き桜が舞い散る。開け放した窓から花びらが入ってきた。薄ピンクがベッドに乱れる。
 私は何回、一人で桜を見てきたのだろう。


『夢でもいいって誰がいったの』


◆◆◇
とある曲を聞きながら、ガリガリと……特にどう、ということでもなく……

関わってはいけない、と本能が告げていた。
これは危ない、そこらのチンピラと似たような人間だぞ、と。
だというのに、私は彼の目を見てしまった。××色の目をした、寂しげな影を落とす目を。
それが間違いだったのだ。
泥沼にはまって抜けだせないように、私は彼に興味を持ってしまった。もっと会いたい、もっと知りたい、と思ってしまった。
そんな思い、彼を幸せにするものではないというのに。

立ち上がれ、とつぶやいたのは誰。 脳を支配する声は誰。 くすんだ金髪が揺れている。 振り返って、こっちを見て、その青い瞳に私を映してと、願ったのに、祈ったのに、縋ったのに、そのすべてを振り払い、あざ笑い、踏みにじったあの人を、どうして私は嫌いになれないのだろう。どうして私は一番に思うのだろう。どうして私は信じてしまうのだろう。
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