忍者ブログ
踏みとどまった思いの行き先
2026/06/24  [PR]
 

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


「香月(かつき)さん!」
 声高らかに名前を呼ばれ、私は眉間にしわを寄せると同時にこめかみを押さえた。
 頭が痛い。男の晴れやかな表情とは真逆の顔をしていると自覚はしているが、こればっかりはしょうがない、許してほしい。
 狭い店内に整列しているイスとテーブルを避け、男は私の正面の荷物置きになっているイスに腰をかけると思いきや、私の右隣の空いているイスをつかんだ。
 私にひざを向けて座ると満足そうに笑う。
「よかった、ここにいたんだ」
 ああそうですよ残念なことにここしか行くところがないですよ。
 テーブルにひじをつき、私はカップをつかむ。軽く回すと薄く張ったまくが揺れた。これだからココアは。でもここのココア好き。おいしいんだもん。
 私のひざに手を置いた彼が私を見上げる。顔は正面を向けたまま、目だけ男を見た。そして後悔する。涙目で上目遣いは、この男の得意技だ。鉄板だ。先ほどまでの明るい顔はどこにいった。
 男はこの技が絶対に決まるとわかっていて泣きそうな顔をするから腹が立つ。そして絶対にこの技を決められてしまう自分にも腹が立つ。バカはどっちだ、どっちもか。
「香月さん、まだ怒ってます?」
 ほら見ろ!今まで甘やかしてたせいでそういうことをのたまうように立派に成長してしまった!まったく、誰がこうなるようにしつけをした、教育をした、親の顔が見てみたい!
「台本書くから。帰って」
 男が唇をとがらせ、私のひざの上から手をどけた。彼は立ち上がる。目で追うこともせず、私はノートパソコンのはじを指でたたく。男はそのまま帰るのだと思った。そうしてくれと思った。願った。祈った。は、言い過ぎかな。
 カウンターの向こうにいるマスターに手をあげ「オレもココア」頭痛がひどくなるのを感じた。


----------------------------------------
いわゆる年下男。
PR

 変な客。
 レジに置いてある肉まんを、じっと見つめている。振り返り、店員を探す仕草でもすればレジに戻ろうと思っているのに、男はただただあつあつの肉まんをガラス越しに見るだけだ。なにしてんだか。
 品出しをしていた三宮は立ち上がり、肩を回しながらレジに入る。
「いらっしゃいませー」
 声をかける。男が三宮を見て、すぐに視線を肉まんに戻した。なんだそりゃ!
 気が抜けるのと同時に、男への興味がわく。なにを考えているのだろうか。創作芝居をするからにはいろいろな人間を知っていた方がいい。人間の考え方はみんな違うから、少しでも違う考え方を知っていれば芝居の幅が広がると思っている。
「どうしました?」
 男が再度三宮を見た。先ほどは一瞬だったから気がつかなかったが、男はひどく眠そうな顔をしている。夜勤明けかなぁ。ネクタイはゆるめられていない。まじめな性格なのだろうか。
 壁にかけられた時計を見ようと目をそらしたとき、男が口を開いた。
「肉まん、食べたいんですけど」
「はぁ」
「財布がなくて」
「はぁ。え?」
 思わず聞き返す。眠くてぼけてるのは客じゃなくてオレなのか? 朝の4時という魔物に食われているのは客じゃなくてオレなのか?
「財布盗られたんですか?」
「いや、忘れたんです」
 真っ直ぐにそう言い放つ男はなにを考えているのだろう。そんなに肉まんを食べたいのならば財布を取りに家へ戻ればいいし、そこまでの情熱がないのならばさっさと家に帰ればいい。
 これじゃあまるで、
「お兄さん、名前は?」
「たかなしです。小鳥が遊ぶでたかなし」
 おごってくれといっているようなものじゃないか。
 三宮はため息をつきながら肉まんの入っているケースを開ける。むわっとした蒸気が顔にかかる。
「小鳥遊さん、今度は肉まん代2倍もらいますからね」
 三宮が名前を呼ぶと、眠そうに、へにゃりとまゆを下げて男が笑った。朝の4時という魔物に食われているのはオレと客の両方だった。


----------------------------------------
なにも~第5弾。まじめなんじゃなくて、頓着しないだけという。しかしこんな気のいいコンビニ店員はいるのか。

 頭痛い。
 目が覚めると同時に感じた頭痛に、初美はうつぶせになった。枕に顔をうずめ、しかめる。なんでだ。すごく頭痛い。
 いつも枕元に置いている携帯が見つからない。手はばふばふと音を立てて布団をたたくだけだ。ベッドわきのローテーブルに手を伸ばすと冷たくて固いなにかに指がぶつかる。首を回すとビンが見えた。
 コンタクトもメガネもしていない視界はぼやけているが、それが酒ビンなのはわかった。伸ばしていた手を引っ込める。目を閉じた。
 そうだ、昨日、一人酒盛り祭りをしたんだ。
 思い出したくない、思い出したくない、と自分に言い聞かせながら初美は頭を抱える。仕事、休み。彼氏、忙しい。やること、なんもない。ウソだ。
 掃除とか洗濯とかやらなくてはいけないことはたくさんある。ただ、今すぐにやらなくてもいいだけで、いつかはやらなくてはいけない。
 思考を中断させるために寝返りをうった。閉めたカーテンの隙間から差し込む光はやわらかい。自分の体温でほどよくあたたくなっている布団とあいまって、あらがいがたい睡魔が押し寄せてくる。
 しかしこの頭痛どうにかならないものか。初美は頭まで布団をかぶった。




「葉ちゃん、なにこれ」

 高瀬がつまんでいるのはかわいくラッピングされた手のひらサイズの包みだ。マフラーを巻く手を止め、目を見開いた。考えるより先に体が動く。高瀬に手を伸ばし、つままれていたそれを奪う。

「な、なん」
「今ポケットから落ちたんだよ」

 タバコの白い煙が事務所に満ちる。くさいくさい。帰ったらさっさと風呂に入らなきゃ。これだから高瀬さんとシフトかぶるのイヤなんだよ。
 下唇をかみながらかばんのチャックを開けた。包みをしまい、すぐにチャックを閉める。早く帰ろう。これ以上くさくなるのはイヤだし、高瀬さんと会話をするのもイヤだ。

「クリスマスにはまだ早いよね。誕生日?」

 コートのポケットに手を入れたら自転車の鍵とぶつかる。ぢり、と鍵についている鈴が鳴った。
 返事をしないで帰ろうとしたら背中に声が投げられた。

「よーおちゃん」

 怒気を含んでいるわけではない。それなのに、投げられたというより強くぶつけられた感覚になる。振り返る。口の端を上げた高瀬が手を振っている。
 胸が苦しい。お風呂入って、DVDを見よう。それがいい。それが一番だ。

「彼氏のお迎え嬉しいね」
「彼氏じゃ、ないですから」
「あ、そう」

 関係性には興味がないらしい。ニヤニヤ笑っている顔は変わらない。お先失礼します。また明日ねー。
 事務所から出るとき、高瀬がタバコを灰皿に押しつけるのを見た。
 彼女はタバコに火をつけるが、吸いはしない。くさいだけじゃないですか、といったら、葉ちゃんに私のニオイをつけたいだけだよ、と返されたことがあった。
 あれはいつの話だったかな。


----------------------------------------
葉ちゃんの名字を考えてないことを思い出した。

「なにやってんの」

 あきれた声が頭上から降ってきて、男は身をすくませた。振り返り、声の主の腕をつかみしゃがませる。
 忙しい動きで左右を見渡し、隣で体勢を崩している女をにらむ。左右に広げた口の前で人差し指を立たせた。
 怪訝そうな顔をした女は首を傾げる。男はあごで垣根の向こうをさした。

「うわ、高橋じゃん」
「別れ話の最中っぽい」

 ふーん、と興味なさそうに相槌をうった女を見ることもせず、男は静かに言い合いを続ける目の前の男女に夢中だ。ベンチに腰掛ける二人の顔は向こうを向いているので、耳をすましていないと声を聞き漏らす。
 痛んだ髪の毛先をつまみ、女はため息を吐く。せっかくの休憩中になにやってんだかなぁ。
 人事部に異動した男とは最近ゆっくり話していなかった。たまに喫煙所で会っても、ほかに人がいるのもあって落ち着いた会話ができない。かといってメールや電話をするのも不自然だと思う。今までしてなかったのに、部署変わったからって、そんな。

「あ」

 男が思い出したように振り返った。目が合う。女は少々面食らう。

「今夜夕飯食おうぜ」
「へ?」
「オレが異動になってからゆっくり話してないじゃん」
「あ、あぁ……」
「今日都合悪い?」

 いや別に、と答えるので精一杯だった。その返事を聞くと男はまだ言い合いをしている男女に目を向けた。そんなに面白いもんかな。女はポケットの中の携帯を見る。休憩はあと10分だった。



prev  home  next
ブログ内検索

アクセス解析

忍者ブログ [PR]
  (design by 夜井)